[by 居留守☆王子]
「で、どうだったの?」
まるで眠る前におとぎ話をせがむ子供のように、
彼女は伊吹山の話を聞きたがった。
「想像以上にタフなコースだった。途中から
私の腰は悲鳴を上げていたよ。」と、私は言った。
「もっと詳しく聞かせて頂戴。あなたが見た景色とか
ゴールの瞬間とか、まるで夢のようだったでしょ?」
「そんなに大袈裟な話じゃないよ。それに・・・」
喋っていた私の口を彼女の人差し指が優しく塞いだ。
そして私にこう言った。
「女はね、ベットに入って夢を見る前から
夢を見ていたいものなのよ。」
私は静かに今日の出来事を語り始めた。
全長17キロにも及ぶ長いコースにもかかわらず
5キロ地点での まだ12キロを残しての
早過ぎるラストスパート(一分後に失速)。
森林限界の景色。ゴール前の声援。
仲間の応援。集団下山の様子。etc
「ゴールしたとき、どんな気持ちだった?」
彼女は訊いてきた。
私は、答えなかった。何故だか答えたくなかった。
しかし彼女はしつこく訊いてきた。
今度は私が彼女の口を塞ぐ番だった。しかし、
右腕は彼女の枕になっていたし、
左手にはグラスを持っていた。
私は、仕方なく彼女の口を私の口で塞いだ。
そして私は彼女に腕が2本しか無い事を詫び、
腕は2本しか無いのに
足が3本ある非礼をさらに詫びた。
私は起き上がりピクリともしない彼女に背を向け、
今日の事を思い出していた。
確かに夢のように楽しい一日だった。
「人は夢を見るために生まれ、眠るために生きている。」
疲れきっていた私は体を横にして眠ることにした。
そして目蓋を閉じたとき、苦しみながらもゴールした
あの瞬間、心の中で叫んだ言葉が
私の中で鮮明に蘇ってきた。
「誰かぁ!俺を褒めてくれぇ!」
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