一階は食品売り場になっていて二階は生活用品と衣服を売っているどこにでもあるようなスーパーの前にある小さなフランス料理屋で、私は彼女と少しばかり贅沢な晩御飯を食べていた。フランス料理屋の窓から見えるスーパーの二階にある紳士服売り場には「ギンザ・ヴァレンティノ」なるものが売っている事を私は知っている。ただのヴァレンティノじゃあない。頭に GINZA がつくヴァレンティノだ。銀座とヴァレンティノのWネームなのかどうなのか知らないが目の前の「通」ぶって頼んだラム肉のクセの強さに少しばかりウンザリしていた私は、そんなどうでもいいことを考えていた。銀座っちゃってるアノ 「ヴァレンティノ」 が破格の値段で売られている。そんなどうでもいい事を私は考えていた。
「賞状を見せてくれる?」
突然、彼女は訊いてきた。私は「持ってきていない」と、答えた。彼女は微笑みこう言った。「大切に額に入れて部屋の一番目立つところに飾ってあるのね?」私は「額には入れてないしドコに置いたかも忘れた。」そう答えた。彼女は不思議そうに「あら、何故?賞状なんて貰うの初めてじゃないの?」と訊いてきた。確かに初めて貰った賞状だった。拳固(ゲンコ)は貰っても賞状なんて間違っても貰うような人生じゃあなかった。私は彼女の目を見て静かにこう答えた。
「俺が貰ったのは賞状じゃない。アレはC3への招待状だ。招待状を額に入れて飾る奴はいない。」
このパンチライン(決め台詞)を思いつくのに3日ぐらいかかった。実際は、ばっちり額に賞状は収まっているが、そんなことは関係無い。私は静かに視線をラム肉へと落とし、彼女が今「さぞかしウットリとした表情になっとるで!」と、想像しながら視線を彼女へと戻した。だが残念なことに彼女の目線は窓の向こうにあった。その視線の先は遥か遠い銀座を見ていたかもしれないし、スーパーの小さな窓からチラチラと見えるヴァレンチノを見つめていたかもしれない。どちらにしろ私の話は聞いてはいなかった。
花吉野のC4。雨が降り落車が続出するひどいレースだったが私は落ち着いていた。これぐらいで動じる私ではなかった。もっとひどい経験を私は過去にしている。あれは確か4年ぐらい前の話だ。私は正月早々に救急車で病院に運ばれた。そこで医師に薬を飲まされたり肩に注射をされた後、病室に連れて行かれベットに横になった瞬間、私の意識はトんだ。そして二日ほど意識が朦朧とし三日目にやっと意識がハッキリとしたときの話だ。ダボついたジーパンにパーカーという姿で病院に運ばれベットの上で24時間点滴をうけている状態だった。意識がハッキリとしている私を見て一安心した母親が私にこう言った。
「とりあえず入院中にいるもん買ってきたで。アンタそんな格好で寝てられへんやろうから新品のパジャマ買ってきたしコレに着替え。」
そう言って母親はビニール袋から暖かそうな茶色のパジャマを取り出した。母親が自慢げにドヤ顔で広げたパジャマの胸元には大きくこう書かれていた。
「GINZA・ヴァレンティノ」
ジーザス。
今すぐに俺を個室に移してくれ!